2012/05/24

[書評]『あなたの中のリーダーへ』


またもや英治出版の新刊モニターに当選。
前回に引き続き、ふたたびamazonレビューに投稿しました。

ところがamazonレビューって1000字前後に抑えろと。
文字カウントしたところ2000字だったので泣く泣くカット。
というわけでLongバージョンをこちらに掲載しておきます。

以下『あなたの中のリーダーへ』のレビュー。
相変わらず厳しめで☆3つの評価にしたけど、まぁ面白いよ。
やっぱエピソードが魅力的だからかね。





現状を打破するために必要なこと

英治出版様の新刊モニターとしてレビューを書かせていただきます。
客観性に配慮するため、この書籍の良い点・悪い点ともに挙げていくので、参考にしていただければと思います。



【内容について】

元世界銀行南アジア地域副総裁である著者が
「日本のリーダーから本気がうかがえない」
との問題意識を持って連載していたコラムのまとめとなっている。



著者が世銀で行った組織改革は主に以下の3点。

①女性が活躍できる環境整備

制度としては公平だったが、事実上明らかに昇進・給与面で不当な状況だったのを改善。面白いのが日本の企業のように「職員の何%を女性にする」といった優先権を与えるのではなく、あくまでも男女フェアな状態で改善した点だ。単なる制度変更では意味がないと主張している。

②家族単位での労働環境整備

ワークライフバランスを考えるにあたって「その職員1人の仕事/私生活」という区分けではなく「その職員+家族の生活/仕事」というフレームワークで労働環境を変えたとのこと。家族の負担が減ることでストレスがなくなり、笑顔の絶えない職場になったと説く。

③現地の目線を大切にする姿勢

本来は貧困をなくす仕事、つまり貧しい人々のための仕事でなければいけない。しかし世銀職員は裕福な生活をしてきた者ばかりで現地のニーズを考えない状況になってしまっていた。そこでホームステイのプログラムを導入することで大きくシフトすることができたと言う。



こうした取り組みは、縦割り行政のなかで非常に大きな抵抗にあったとのことだ。笑われ続けて悔しい思いをしながらも、自ら実践し、常に説き続け、適切な説得材料を集めて、応援者を獲得していった。

例えば、金融を扱う以上は見逃せない「リスク」がある。しかし多くの場合「どうせ起きないだろう」と甘い考えで見逃してしまう。それを回避するために著者は「どんな小さなリスクでも見つけたら祝おう」と言って、自腹で宴会を主催。やがて「問題点をみつけると褒められる」というリスク対処の強い文化が形成されるようになった。リーマンショックも1-2年前には予測・対策できていたようだ。

こういった話題は日本の企業・政府(リスク問題ならホットなのは原発か)にも当てはまる。いかに現状を変えるか、を考えるヒントとなるような話題が提供されている。



主に挙げられているのは世銀改革の他に、

・ブータン(国王が数十年かけて国民全員の話を聞いたこと、民主化、国民総幸福の指標)
・山形県庄内地方(庄内の人々の歴史、東北公益文科大学のビジョン)
・バージン諸島(雨水や電気の節約と人間らしい生活スタイル、無根拠な世論に流されない独自の産業発展の歴史)
・『日本でいちばん大切にしたい会社』(人間の幸せを最優先するビジネス・労働のスタイル)

といったテーマがある。
これらの話題を通じて繰り返し主張されているのが

「人間として幸せでいるためにどうしたらいいか」
「生活をしっかり見つめて考えること」

「単に仕組みを変えるのではなく意識を変えなければならない」
「論理がどうこうではなく未来の姿を全身で感じること」

こうした著者の姿勢である。
その姿勢でまっすぐ日本を見ると新しい発見があるかもしれない。


日本が抱える最も大きな問題の1つとして「税収の減少」「社会保障の増加」がある。しかし、高齢者が増えることがなぜ問題なのか。知識が活かせる、高齢者が活躍できる、そんな社会になったら素敵ではないか。「実際の人間の生活」から財政問題をとらえると年金構造とはまったく違った日本社会の問題点が浮かび上がってくるようだ。

この書籍は体験談やメッセージに留まらず
多くのヒントを投げかけてくれるものである。



【良かった点】

・すぐ読める
明確な構成で編集されているわけではなく、連載コラムの形式になっている。
そのため電車や隙間時間にパラパラと読むことができる。

・体験談が興味深い
世銀改革というエピソードは一般の人では味わえない貴重な体験談。
それでいて企業や行政に勤める多くの人が参考になるヒントがちりばめられている。
読み物としても、現状打破のきっかけとしても面白いのではないか。

・オルタナティブな視点
経済成長や財政問題といった「大事だけど目的と手段が入れ替わっている」議論に待ったを投げかける。
本当に大事なものは何か、考えるべき本質は何か、新しい視座を与えてくれる。



【悪かった点】

・文章が不自然
新聞の記事のような書き方なので、本として読むときにやや不自然。類書に比べて読みにくい。
コラム連載時の問題なのでしょうが、同じフレーズが何度か使い回されていて「編集していないのか」と思ってしまったり。
背景説明が不十分でやや飛躍がある。行間を読める人じゃないと「ん?」となってしまうかも。

・パーツだけで本体が見えにくい
まさにコラム。テーマやタイトルが一貫して構成されていないので、通して読むのには向かないかも。
1冊の本として「こういうものです」と言い切れるようなものではない。




【個人的な結論】

誤解を恐れずに言うと「田舎に帰ってじーちゃんから ありがたいお話を聞いた」感覚に近いです。
あれこれと話題が飛んだり、ときどき「んん?」と顔をしかめたくなったり。
だけど話が終わってみると「良い話だったな」「思う所があった」と口から出てくる。
そんな感じの本です。



とまぁこんな感じです。


最近専門書ばかり読んでいたからか、どうしても「この書籍のこの部分はこういう役割を持つ」みたいなお堅い読み方をしてしまうので、連載コラムのスタイルにはちょっと抵抗がありましたが。

そこら辺の偏見も入っているレビューなので、適度に参考にしつつ、興味があったら手にとってみてはいかがでしょうか。少なくとも「組織改革」「世界銀行」あたりのキーワードにビビッと来る人にはかなりオススメです。


あと財政の話は関心しました。私自身、経済学はツールだと言っておきながら、財政再建に関連した勉強をしていると「いや少子高齢化が問題の原因でしょ」と、自己批判を経ることなしに断定してしまっていた。だけど少子高齢化は単なる現象でしかなくて、それが財政負担という形で可視化されるけれども「実際の人々の生活にどう悪影響を与えるか(ここが問題のポイント)」をきちんと吟味しないでいた気がします。

まぁ、だからといって財政はどうでもいいという安易な帰結に移るわけがないのですが。ここはまた別の議論ですね、はい。言いたかったのは「私にはこういう気付きがありました」ってこと。


コラムならではというか、事例が極端だからというか、そういう意味でも非常に「気付き」のある内容だったと思います。具体的な目的を持って読むというよりは、読み終わってから価値に気付ける…そんな本ですね。

おしまい。