2013/03/01

児童文学『オズの魔法使い』の考察が興味深い件。

先日、ミュージカル映画「オズの魔法使い」(The Wizard of Oz, 1939のDVDを視聴した。さすがに70年も昔の映画なので、メイクや演技がシュールに思えたものの、それなりに楽しめました。


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原作はThe Wonderful Wizard of Oz(1900)という児童文学小説です。カンザス州に住む少女ドロシーと愛犬トトが「オズの国」に飛ばされてから、家に帰るまでを描いた物語です。道の途中で、脳のないカカシ、心のないブリキの木こり、そして勇気のないライオンと出会います。それぞれの願いを叶えるため、偉大な魔法使いのいるエメラルドの都を目指し、黄色いレンガの道を歩いて行くことになります。

ようやく辿り着いた都の住民たちは緑の眼鏡を掛けており、魔法使いを絶対視していました。しかし、魔法使いの正体はただのペテン師で、大衆の願いを叶えているように見せかけているだけでした。落ち込む一同でしたが、魔法使いの言葉で気付かされます。カカシには脳が、ブリキの木こりには心が、ライオンには勇気が、目に見えないだけで、いつでもあったのです。

結局、大切なものはいつでも自分の足元にあるのだと、読者は読み取ります。そして、ドロシーが家に帰るためのヒントもまた、足元にあるのです。この世界に来てからずっと履いていた銀色のスリッパには、不思議な力がありました。彼女はスリッパの魔力でカンザス州に帰ることになります。



以上がこの作品のあらすじですが、このエピソードの裏にはある政治メッセージが描かれている、との考察があります。

Henry M. Littlefield, "The Wizard of Oz: Parable on Populism" (1964)
Hugh Rockoff, "The Wizard of Oz as a Monetary Allegory" (1990)

これらの論文では、『オズの魔法使い』という児童文学小説が、1896年の米大統領選を寓話化したものだと述べられています。当時最も注目されていた "ある社会問題" に対する著者のメッセージが暗示されているというのです。



その問題とは、デフレ―ション(deflation)です。19世紀末のアメリカでは、物価水準が20%以上も下落したため、銀行など資金を貸す側(債権者)にとっては喜ばしいことでしたが、農家など資金を借りる側(債務者)にとっては生活を圧迫することになりました。

例えば、90ドルを借りて100ドルで返済する場合、物価が一定であれば100斤のパンを売ることで100ドルを稼げたとします。しかし、20%のデフレ下では80ドルしか稼げないので10ドルの損になります。つまり、物を売買するよりもお金を持っていた方がお得になるのです。結果、経済全体が停滞することになります。


この問題に対して、大統領選では2人の候補者が正反対の政策を打ち出しました。ウィリアム・マッキンリー(共和党候補)は、金本位制という当時の制度を維持することを公約に掲げました。ドル紙幣は金(Gold)と交換できるので価値がある、つまり、あくまでも中心は金(Gold)ですよ、という立場です。

一方、ウィリアム・ジェイニングズ・ブライアン(民主党候補)は、金だけではなく銀も硬貨にしてしまおう、という金銀複本位制を提唱しました。「貨幣の量=金の量」よりも「貨幣の量=金と銀の量」の方が多くなるので、物価は上がると考えたからです。デフレは物価下落のことなので、物価が上がればデフレは解消されます。

なぜ貨幣の量が上がると物価も上がるのでしょうか。貨幣が少ないと他の商品に比べて貴重なので、相対的に余り気味な商品の価格は下がります。1日1品限りの特別メニューに比べて、大量生産されたスナック菓子が安いのと同じです。つまり、貨幣に比べて商品全体が安い=物価が安くなる=デフレ、ということになります。なので、商品に対する貨幣の量を増やせばデフレを抑制できるという主張がなされたのです。

この「金だけ」「金と銀」のどちらを採用すべきか、アメリカ国民が投票によって意思を表示します。以上が、1896年に行われた大統領選でのデフレ議論の概要です。



さて、では『オズの魔法使い』では、この問題がどのように暗示されているのでしょうか。Rockoff (1990)によると、

・カンザスの少女ドロシー = アメリカの伝統的価値観
・愛犬トト = 禁酒党

ドロシーは、マンチキンという場所で目覚め、不思議な世界に迷い込んだことを知る。ドロシーの下敷きになった魔女は亡くなっており、抑圧から解放された市民はドロシーに感謝し、彼女を歓迎する。

・東の悪い魔女 = 第24代大統領グローヴァー・クリーヴランド
・マンチキンの住民 = アメリカ東部市民

オズの魔法使いと会うために、黄色いレンガの道を進むよう助言を受ける。

・不思議な世界オズ = 金の単位オンスの略号(OZ) or ワシントン
・黄色いレンガの道 = 金本位体制

途中で仲間たちと出会い、共に旅を続ける。

・脳のないカカシ = アメリカ南西部の農民
・心のないブリキの木こり = 工業労働者
・勇気のないライオン = 民主党:ブライアン(金銀複本位制を主張)

エメラルドの都に到着すると、市民は緑色の眼鏡を掛けて世界を見ていた。試練を与えられたドロシーたちは、西の魔女を撃退するもの、魔法使いがペテン師だと知る。

・緑色の眼鏡 = 緑色のドル紙幣
・オズの魔法使い = 共和党:マッキンリー or 共和党議長マーク・ハナ
・西の悪い魔女 = 共和党:マッキンリー(金本位制を主張)

最後には、ずっと足元にあった銀の靴を使ってドロシーは家に帰ることができる。

つまり、「ペテン師が金本位制を主張し、ドル紙幣を用いて市民を騙しているが、生産者たちは抑圧された状態であり、銀の利用によってアメリカ本来の道に帰るべきである」というメッセージが読み取れることになる。

と言ったものの、実際には共和党が勝利し、金本位制は維持されることになります。この制度が崩壊することになるのはもう少し後の物語です。


めでたしめでたし。

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